雪国通信 

 初めて見た雪は、屋久島から吹き飛ばされてきた粉雪だったように思います。その次は、福岡での大学指定寮「戸心壮」でした。梅林と山の麓だったので、目を覚まして窓を開けると、外は一面真っ白。あられにまみれる経験は島でもあったけれど、時間が止まったように感じました。それでも、すぐに雪には慣れてしまい、感動も薄れていきました。 

 そして、就職して初めての冬、富山での59豪雪です。その時は独身寮「光志寮」に住んでいて、工場で3交替勤務をしていました。朝6時には誰よりも早く起きなければならなかったのですが、駐車場に出てみると、雪の重みで車の屋根が凹んでいました。手で押すと元に戻りましたが、豪雪の恐ろしさをそのとき初めて実感しました。

 次に、春が来て、春の山スキーに挑戦しました。足首が固定されていない登山靴を使って、日差しを浴びながら雪山を下るのは楽しいものです。しかし、雪目にかかってしまい、目が開かなくなりました。数日で治りましたが、雪を甘く見てはいけないと痛感しました。 

 また、雪といえば、入社前の3月、卒業式が終わって父母を連れて、親不知を通り抜け、上越から長野、小諸に向かって雪道を進んだことがあります。そのとき、雪は真っ白なものというイメージが崩れ、道端は泥で汚れた、汚いものだと感じました。大型トラックが走る中、親不知・子不知で冷や汗をかきながら運転し、怖い思いをさせてしまいました。 

 今年もまた雪の季節が来ました。山から降りてきた雪が町を凍らせているという認識で、これは雪というより氷に近いかもしれません。 いろいろな思い出がありますが、実は島でのオーギ切りの最中に降ってきた霰や雹の冷たさが、一番痛くて冷たかったような気がします。

 ここ富山・魚津の雪は、やさしく舞い落ち、まるで桜の花びらのように秒速5センチメートルの世界で降り積もっています。……ちゃんちゃんと。